当所の玄関入り口正面は間口620㎝、奥行き800㎝の大きなコンクリートのキャンバスです。ポスターカラーの赤、青、黄の三原色をそれぞれの器に溶いて、刷毛を使い、全身で絵を描きます。このことは、平成元年より今もずっと続いています。絵描きごっこ、小さな絵描きさんと銘打って子どもたちは楽しんでいます。
今年28年目、先生が色を溶いて、刷毛で大きな丸や、長い線を描いてみせます。何が始まるかと熱心に見つめる子どものたちの眼差しは真剣そのもの。「はじめていいよ」の合図に子どもたちは三々五々に散らばって、好きな色、好きな場所に行って描き始めます。と、説明を聞いている時から、赤色であの場所と、決めていたかのように道路近くに真っ先に飛び出してさっと一本の線を引き、色がかすれたので再び刷毛を湿らせて、二本の線を描き加えて「虹、虹よ」と知らせたのは由奈ちゃん。「虹?すごいな。虹を知っているなんて」と。
他の子どもたちも黄と青が混ざって「緑になったよ」。赤と青が混ざって「紫になった、ぶどうみたい」と、楽しい会話が弾んでいます。新しい発見をそれぞれしているようです。
描画活動の過程を簡単にのべるなら、肩を支点(軸)として、トントンと、点々を描く。次は肘を支えた往復運動、線を描く。その次は肩と肘の協応運動、ぐるぐる丸を描く。それからイメージによる表現、意味づけ活動が始まります。身近にいるパパ、ママ、お友だち、自分が体験したことが登場し、言葉でも表現します。「あとから意味づけ」です。時間が経って「これは何?」と聞くと「お団子」と言って、そのイメージは異なったものになります。
さて、由奈ちゃんの描いた虹はどうでしょう。その時の様子からして、はじめから「虹のつもりで」描いたように思われました。何日か経って、折しも写真に収めていた3本の線を「これ、なーに」と聞けば、すかさず「虹」と答えが返ってきました。
はじめから「〜のつもりで」描くようになるということは、描画活動が、目的のある活動に転化してきたことを物語ります。
それにしても、虹の体験はどこから来たのでしょう。大人はすぐに知りたがります。「絵本?テレビ?それとも実体験?」。彼女の心の小宇宙には触れずにそっとしておきましょう。
写真&文 猪俣美智子
参考図書
新見俊昌著『子どもの発達と描く活動』2016年 かもがわ出版